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悪狗陀 狸人さんの遺書

つれづれ至陰考

ちょっと前の話しになるのだけど、こんなことがあった。
知り合いのK子(仮名)さんが「至陰」の灸をした後に、
逆子が治った。

鍼灸の世界では、「逆子の灸」と呼ばれているお灸がある。
足の小指のツボにお灸をすえるのである。
もちろんこの「逆子の灸」には、
科学的な根拠はない、と僕は思う。

K子さんにはお灸をする数日前に、
石野尚吾著『女性の一生と漢方』と
西原克成著の『赤ちゃんの生命のきまり』を読んでもらい、
東洋医学的なブリーフィング、
私なりに説明をして、彼女に施灸の実技指導をした。
(このケースでは金銭は頂戴していない)

なにせ科学的な根拠のない経験則だけのお灸なのである。
信じろという方に無理がある。

鍼灸という「危うい」業をする者としては、
自分の行為に対しての説明がきちんとできているのか、
もっと簡単に言うのなら、「鍼って何で効くの?」
という問いにどういう答えをするのか、
毎日毎日、僕らは考えていかないといけないのだ。

ではどうやって「逆子のお灸」について説明したらよいのか。
ここでは科学的な面ではなく、東洋医学、
それも「経絡」という妄想(あるいは形而上の概念)を
用いて先人達が説明をしている。

以下は、私が直接聴いた
中国の天津中医薬大学附属第一医院の
婦人科の先生に聴いた話である。

逆子の特効穴の「至陰」。これは経験穴であり、
昔の人が臨床に基づいて最後に残った穴が「至陰」。
足の井穴(*小指でなく他の指にあるツボ)であれば
どれでも可能性があるが、
いちばん確率が高いのが「至陰」。
効果があるから、かえって理屈をつけなくても良い。
お灸をしたその時に効果があるので、施術姿勢に注意。
必ず仰向位で、お腹をしめつけるような衣服は着ないで。
時間によって胎児が動きやすいのは、
お灸をした後1時間。寝たままにしておく。
あとはその日の睡眠の前。

天津中医研究所のK先生に「至陰」について聴いた話。

足太陽膀胱(*頭からカラダの背面を通って
足の小指に降りる妄想の縦の妄想ルート、動作線)は
水の通り道である。
(中略)それで「至陰」へ(の灸刺激)は、
羊水が溜っている水に小石を投げて波紋が広がるようにする。

これらは、東洋医学というソフトを起動させた時に
成立する話で、
それをインストールしていない人々にとっては
もう何がなんだかわからない。
たまたま「至陰」への灸で治ったから、
それが「逆子の灸」と呼ばれるようになったのではないか、
理屈は後付けなのではないか、と思ってしまう。

鍼灸は科学ではないし、だから、いろんな面を持って
モノコトを語ることができるのはとても大切なことだと思う。
東洋医学という「パラダイム」、世界観で説明できるのは
悪いことではない。
というのは、科学や現代文明が盤石なものかというと、
それが全てではないことは我々は薄々わかっているからだ。

話はそれだすが、
光文社新書『傷はぜったい消毒するな』に、
パラダイムシフトの話が書かれている。
たとえば天動説について。
地動説が常識になった今から見ればおかしな考え
かもしれないけど、
天動説が「科学」だった時代もあるし、
女子の好きな西洋占星術は
天動説という考えをベースにして生まれていると思う。
そういう世界の捉え方もあったのだ。

世界をどう捉えるかというと
こんな世界観で治療をしているアフリカの国もある。
ワールドカップで日本が対戦するカメルーンだ。

春秋社『サイケデリックスと文化』には、
ギンナージ(精霊)の病い(*おそらくある種の精神疾患)を
治す130名の呪術医のフィールドワークが書かれている。
これは90年代の調査なのでそんなに古い時代のことでもないし、
ギンナージのいる世界をきちんと信じている人々に対して
効果のある治療であると思える。
治療する側、される側の世界観の共有がそこにはある。
(ちなみにこれらの呪術医は治療にあたって、
ペヨーテなどの幻覚剤は用いていない。)
信じている人々がつくる空間というものは、
そこには違う世界が確実に在ると思う。

92年にバリ島に私が行った時のこと。
その頃のバリ島は90%の人がバリヒンズー教を信仰していて、
あの島の独特の空気はそういったことも関係してるのでは、
と思ったものだ。
巨人軍の帽子をかぶった褐色のガイドのおじさんが、
猫や牛や自動車に憑依して悪戯をする輩の話を
マジメにしていたっけ。

中世にはこんな奇妙な治療法もあったそうで。

元東大全共闘議長、お茶の水の予備校の物理教師、
山本義隆著『磁力と重力の発見1』の序文には、
パラケサス主義者の「武器軟膏」(別名「磁気療法」)
という治療法(?)について書かれている。
それは「刀傷の治療のために傷にではなく
傷を負わせた刀のほうに塗ればよいという薬」であり、
「それによりたとえ20マイル離れていたとしても
傷ついた兵士は癒される」という。
これって、武器と傷の遠隔共感(爆)とでもいうべき
概念なのか。
でもこれについては17世紀前半までマジメに議論されていた
と聞くと、少なからず驚いてしまう。

でも「科学」っていうのはそんなものかもしれない。
いま正しいと思っているコトは、
明日にはすでに正しいこコトではなくなっているかもしれない。

繰り返しちゃうけど、鍼灸は科学ではないし
科学だってそんなものだと思っちゃえば、
僕らがいかに「危う」くて不確かなモノの上にいる
ということがわかる。

じゃあ、自分は何を信じてどの面に立っているのか。

だからこそ、自分のしていることくらいは
自分の言葉で文章で、きちんと説明しなくてはと
強く思う今日この頃なのである。

2010年5月25日悪狗陀 狸人

悪狗陀 狸人さんは現在存命中です。悪狗陀 狸人さんの一般公開遺書アーカイブはこちらです。

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