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レッド石黒さんの遺書

SILENT MAJORITY

セックスピストルズをはじめて聴いたのは中学1年の時。
反体制なこと唄ってるんだろなってことくらいはなんとなくわかったけど、具体的に言ってることはあんましよくわからなかった。
こもったディストーションが新鮮で心地よかったのは憶えてる。
ただ78年から80年くらいにかけてはUKロック全盛の時代(自分的に)で、他にも魅力的な音楽がたくさんあったから、どっぷり聴いてた記憶はあんましない。

81年にMTVがはじまって、みんなこぞってアメリカの方向を向き出した頃からイギリスの音楽はだんだんつまらなくなっていった(自分的に)。
日本でパンクが盛り上がりはじめたのはそのころから。
ちょうどスターリンがメジャーで活動してた82年から85年くらいが全盛のように思う。
いつの間にか自分もセックスピストルズがヘビーローテーションになってた。

革ジャンやリストバンドの裏側から一面に釘(鋲ではない)を突き立てたハリネズミのような少年たち。
そんな輩が狭いライブハウスにうようよいて、とばっちりで何度も怪我をした。
小ぜり合いはしょっちゅうあった。
閉所内無目的性暴力。
これは当時サワキカスミ(だったと思う)がパンクを形容した言葉だけど、実に言い得て妙だと思った。
それでもカラオケボックスのなかったあの頃、「管理教育」でうっぷんのたまった10代の少年たちにとって、ライブハウスがかけがえのない場所であったことも事実だ。

スターリンが解散する85年にラフィンノーズがメジャー契約した。
ラフィンやウィラードの人気とともにライブハウスに女の子の黄色い歓声がこだまするようになり、それに反比例して自分はだんだん足が遠のいていった。
決して硬派だったわけじゃないけど、独特の緊張感がなくなってつまんなくなったのと、高校を卒業してからの時間が経過していく中で、管理教育の忌々しい記憶が薄れていったんだと思う。

ちょうどその頃、CXで『夕やけニャンニャン』がはじまって、エネルギーをもてあました自分はこニャン子クラブに入会した。
「転向だ」ってまわりの友だちからよく言われた。
高井麻巳子に心底傾倒した。
まあそのへんはどうでもいいか。
そんなおニャン子も87年に解散。
タイミングを計ったように同年ブルーハーツがメジャーデビュー。
以後日本は空前のバンドブームに突入していく。

89年、昭和崩御。
同年ベルリンの壁崩壊。
91年、ソ連崩壊。

「体制」という標的が次々と陥落していく中で、ロックの役割は一区切りした気がした。


とまあ、なんでこんな回想をしてるかって言うと、最近ドラマの主題歌で高橋優の「(Where's) THE SILENT MAJORITY」って曲を聴いて、なんとも言えない気味の悪さを感じたからだ。
ブルーハーツの「パンクロック」をはじめて聴いた時にもちょっとした気味の悪さを感じたけど、今回はそれ以上だった。

歴史ってのは時間の経過とともに俯瞰で見やすくなる反面、切り口次第でどうにでももっともらしく語れるようになっていく。
そこにあるのは解釈だけだ。
高橋君には高橋君の解釈がある。
ただそれだけ。

「ラブ&ピース」という標語自体は「お年寄りに席を譲りましょう」くらいとても大切なことだと思う。
ただもしセックスピストルズがそれを叫んでる「気がした」ら、おそらくヘビーローテーションになることはなかっただろう。
自分的には。

もちろんこれも解釈のひとつ。
なんとなくちゃんと書き残しておいたほうがいいと思っただけ。
長文失礼いたしました。



最後に古き良き時代のパンク映像を。

2013年6月20日レッド石黒

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