亡くなった著名人
吉田剛氏(脚本家・映画監督)
2018年11月17日 逝去 ニュースソース
吉田 剛(よしだ たけし、1935年3月2日 略歴 脚本家吉田剛公式サイト - 2018年11月17日)は、日本の脚本家・映画監督である。本名同じ。大阪府堺市生まれ。
1958年、関西大学文学部卒業後、松竹大船撮影所に入社。助監督 (映画スタッフ)/助監督として小林正樹、篠田正浩、斎藤耕一らの作品につく。それと並行して、野村芳太郎の『おはなはん・第二部』(1966年)、小林『化石 (四騎の会ドラマシリーズ)/化石』(1975年)、瀬川昌治『哀しい気分でジョーク』(1985年)、佐藤純彌『敦煌_(映画)/敦煌』(1988年)や、『必殺シリーズ』(朝日放送テレビ/ABC)などのテレビドラマのシナリオを執筆。
1992年、野村芳太郎が急病のため、映画『復活の朝』で監督も兼任する。
1990年代の「月刊ドラマ」誌上における近況報告や随筆では、幕末におけるアメリカ合衆国/アメリカ人の傲慢さなども例に挙げて反米主義者を自称していたこともあった。
2018年11月17日、神奈川県大和市の自宅で死去。
(ウィキペディアより)
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