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亡くなった著名人

伊藤光夫氏(モーターサイクルロードレーサー)

2019年7月3日 逝去 ニュースソース

伊藤 光夫 (いとう みつお、1937年1月1日 -2019年7月3日 ) は、静岡県磐田市出身の元モーターサイクル・ロードレース (オートバイ)/ロードレースライダー。
伊藤はスズキ (企業)/スズキの社員ライダーであり、初レースは1959年の全日本オートバイ耐久ロードレース/第2回浅間火山レース125ccクラスであった。このレースではぬかるみに足を取られ転倒リタイアしている。世界GPデビューはフランスグランプリ (ロードレース)/フランスグランプリで、125ccクラスはスタートせず、250ccクラスは3周目にリタイアしている。翌、50ccクラスでランキング5位となり、それからまで4年連続でランキング5位に入った。に日本人として初めてマン島TTレース 50cc ウルトラ・ライトウェイトTTクラスで優勝を果たした。このときのマシンはRM63であった。伊藤は現在でも唯一の日本人勝者である。その後は1967年の日本GPでも50ccクラスで優勝している。現役引退後はデイトナレースの監督を務め、他には日本モーターサイクルスポーツ協会/MFJの技術委員も務めた。

ウィキペディアより)

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