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亡くなった著名人

真部一男氏(将棋棋士)

2007年11月24日 転移性肝腫瘍により逝去

真部 一男(まなべ かずお、1952年2月16日 - 2007年11月24日)は、棋士 (将棋)/将棋棋士。加藤治郎 (棋士)/加藤治郎名誉九段門下。棋士 (将棋)#棋士番号/棋士番号は111。東京都荒川区出身。順位戦A級2期。
若手時代は1950年代生まれの棋士の代表格として期待され、当時の名人であった中原誠に対する対戦成績の良さから「将来の名人候補」との評判も勝ち得た。
新進棋士奨励会/奨励会時代から俊英として知られ、山口瞳の「血涙十番勝負」にも「真部一男三段。毎年惜しくも昇段を逃しているが、奨励会実力ナンバーワンは衆目の見る所。それどころか、順調に進めばA級間違い無しの俊秀である」という一節がある。
四段昇段後は、順位戦C級2組で1期目と2期目が7勝3敗。3期目となった1975年度に10戦全勝でC級1組昇級。翌年も9勝1敗の好成績でB級2組に昇級する。1979年度の順位戦でB級1組に昇級。その後8年経って1987年度に9勝3敗の成績を収め、晴れてA級八段となる。B級1組昇級のときに28歳であった棋界のプリンスは、すでに36歳となっていた。A級には通算2期在籍。

ウィキペディアより)

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