亡くなった著名人
松木ひろし氏(脚本家)
2016年9月19日 急性白血病により逝去 ニュースソース
松木 ひろし(まつき ひろし、1928年11月16日週刊テレビ番組(東京ポスト)1985年7月19日号「脚本家の横顔」65頁 - 2016年9月19日)は、東京市神田区(現・東京都千代田区)出身の脚本家。本名は松木 弘。
東京府立第五中学校での友人に澁澤龍彥がいる『澁澤龍彦全集』第12巻588ページ。東京高等学校 (旧制)/旧制東京高校を卒業後、大学受験に失敗。鎌倉アカデミア夜間講座映画科で学ぶ。
自身の劇団を作って活動をしたのち、1950年に明治座の文芸部に入社、企画宣伝を担当。明治座時代に舞台を観ていいなとおもったのは、菊田一夫や飯沢匡の芝居だったと話していたことがある。
1954年のニッポン放送の開局とともに同社に入社してラジオ番組の制作にたずさわる。同社に勤務しながら村田正雄 (3代目)/村田正雄、旭輝子、池田昌子、三田佳子らと劇団「現代劇場」を立ち上げる。1958年、同劇団にて上演した「娑婆に脱帽」の脚本が第4回新劇戯曲賞(のちの岸田国士戯曲賞)の候補作品となる。
(ウィキペディアより)
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