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亡くなった著名人

中島平太郎氏(技術者)

2017年12月9日 虚血性心不全により逝去

中島 平太郎(なかじま へいたろう、1921年3月19日 - 2017年12月9日)は、デジタルオーディオ技術の草分け的人物とされる日本の技術者である。コンパクトディスク メディア(CD-DA規格) 開発においてソニー側の責任者で、「CDの父」とも呼ばれる。福岡県久留米市生まれ。任意団体CDs21ソリューションズ会長。ビフレステック株式会社代表取締役会長。
* 1938年、福岡県立明善高等学校卒。
* 1944年、東京工業大学電気工学科卒(第二次世界大戦/戦時下につき繰り上げ卒業)後、九州大学大学院特別研究生。工学博士。
* 1947年、日本放送協会/NHK入局。音響技術研究に携わる。
* 1963年、石橋文化センター(福岡県久留米市)内の石橋文化ホールの音響設計実務に携わる。
* 1964年、1964年東京オリンピック/東京オリンピックの音響システム(注: 公共放送設備ではなくPublic Address/競技場内の拡声設備)の責任者を担当。
* 1965年、NHK技術研究所音響研究部部長就任。
* 1968年、世界初のデジタル録音機を公開。

ウィキペディアより)

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