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亡くなった著名人

山下太郎氏(実業家)

1967年6月9日 心筋梗塞により逝去

山下 太郎(やました たろう、1889年(明治22年)4月24日 - 1967年(昭和42年)6月9日)は、日本の実業家。その業績から「満州太郎」「アラビア太郎」「山師太郎」などと呼ばれた。
秋田県平鹿郡大森町 (秋田県)/大森村(のち大森町、現・横手市)に近藤正治・みつ夫妻の長男として生まれる。太郎の祖父母にあたる山下太惣吉・ひさ夫妻の養子となり、山下姓を名乗る#近藤/近藤(1981)p.795。祖父はまもなく死去し、祖母の手で育てられた。大森小学校4年を修了し、東京の実父母の元で慶應義塾普通部に通った。その後北海道帝国大学農学部(旧札幌農学校、現北海道大学)に入学、北海道に渡った。
北海道帝国大学時代、のちに北海道教育大学/北海道学芸大学(現北海道教育大学)および帯広畜産大学の学長を務めた農学者の田所哲太郎(秋田県能代市/能代の出身)と知り合い、親交を深めた後年(1938年)、山下太郎は田所のために生物化学研究所の設立資金を寄付している。

ウィキペディアより)

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