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レッド石黒さんの遺書

それが1Q84である理由

全くハルヒにしても春樹にしても(別にシャレじゃないんだけど)こういう売れ方しちゃうと、なんか広告しないことが最も効果的な広告なんじゃないかって気がしてしまう昨今のマーケット事情。
そんな中、話題の「1Q84」に関しては、どうして1984年の時代設定じゃなければならなかったのか、ということを主眼にずっと読み進めていったのですが、結局最後までわからずじまいでした。

セクト〜コミューン〜カルトの流れを現実的な時間と対比させるために必要だったのかな、とか、携帯電話やインターネットがないほうがストーリーの展開上都合がよかったのかな、とか思いながら読んでたのですが、なんかそんなんでもないよな、と。
結局オーウェルの『1984』と対比させるためでしかなかったのか、ってくらいにしか思えなかったのですが、ちょっと見方を変えると、ある種の割り切りのような感じもしました。
余分なエネルギーは使わない、と。

『ダンス・ダンス・ダンス』や『ねじまき鳥』と同時期かつモラトリアムな主人公ってのは彼の得意とするところ。
登場人物のキャラ設定も、ある種の読者が彼の小説に期待してる部分を十分満足させてるだろうし、音楽、本、料理といった彼ならではの小道具も期待どおりに活かされてる。
もうファンサービスはファンサービスとして割り切ってる感じ。
かと言って過去の作品の焼き直しかと言えば、決してそうじゃなくて、要は「リトル・ピープル」なんだろうと。

「リトル・ピープル」については、もうさすが村上春樹としか言いようがなく、「表現しづらいものの外周を言葉でしっかり固めて作品を作り、丸ごと読む人に引き渡す」と自身が言っているとおり、その作業は完璧です。
表現しづらい「リトル・ピープル」をあえて言い換えれば「小さな暴力の集合体」みたいなものかと自分は思います。
それを登場人物である「さきがけ」のリーダーに言わせると、「善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ」ってことになる。
また「重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ」とも彼は言っています。「均衡そのものが善なのだ」と。

このくだりはすごく迫力があるんだけど、自分が根本的に思うのは、残念ながら1984年の空気感の中では活きてないってことです。
1984年段階では、少なくとも昭和天皇が生きていて、東西冷戦もまだ存在してました。
どちらかと言えばオーウェルの描く「ビッグ・ブラザー」が登場するかもしれない空気がまだあったと思います。
「禁煙」や「エコ」のように、彼曰く「即席言語」的な原理主義が知らない間に不気味な空気を作り上げてる現代にこそ「リトル・ピープル」は生まれるべきだったんじゃないかと。
そういう意味でこの物語は「200Q」であってほしかったと思うのです。

彼がノーベル文学賞を獲るかどうかに興味はありませんが、おそらく今後長い期間、彼の作品が読み継がれていくであろうことを考えると、今回の作品が21世紀を舞台にしていないことが残念でなりません。
世間ではBOOK3を期待する声もあるようですが、自分としてはどうせなら『空気さなぎ』を出版してほしいです。
それはもう間違いなく21世紀の古典になると思っています。

余談ですが、後になって『1Q84』が400字詰め原稿用紙に換算すると1984枚になることを知った時は、思わず膝の関節が抜けそうになりました。

【『1Q84』への30年】村上春樹氏インタビュー
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20090616bk02.htm

2009年6月24日レッド石黒

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