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悪狗陀 狸人さんの遺書

マサルさん、思い出したよ

マサルさんは地廻りのヤクザで、角刈りで、中肉中背で、
人の良さそうな口元がいつも緩くって、
浅黒い酒焼けの肌をしていた。

マサルさんとはじめて口をきいたのは、
南阿佐ヶ谷の青梅街道のミニストップのすぐ裏にあった
「ぼたん湯」という銭湯だった。
マサルさんは背中に不動明王の入れ墨をしていた。
きっかけは忘れちゃったけど、
左の手のひらを出してもう片方の手でそれに丸を書いて、
「これで4、5万くらいかな」と
入れ墨の代金の話をしてくれた。

マサルさんは彫り師だった。
成田東の税務署の近くの古いビルの3階で仕事をしていた。
「やっぱり和物だな、タトゥーとかああいうのはダメだね。
牡丹とかさ、日本のがいいよ、綺麗で。映えるね。」

マサルさんという名前は本人から聞いたのではなく、
たまたま入っていた阿佐ヶ谷の飲み屋で、
そこにいた客が「おい、マサル!」と呼んだので
ああ、あのヤクザ屋さんはマサルさんというんだ、と
僕が勝手に思っただけだ。
だから本当は、マサルさんはマサルさんじゃないのかも
しれない。

『美術手帖』のバックナンバーを
図書館で借りて読んでたら刺青のことが書いてあって、
それで何十年ぶりかでマサルさんのことを思い出した。

入れ墨を彫る機会はなかったけど、
世の中にそういう人がはいるんだと思った。
マサルさん、思い出したよ。

2009年9月30日悪狗陀 狸人

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